松だけの門松ってアリ?大丈夫!神様を宿す松のパワーを見直そう!

門松をお正月に見る度に、松ではなくて竹のほうが目立つな、と感じる人もいるのではないでしょうか。門の所に松だけを飾っているのを子供の時に初めて見た時、私はちょっと寂しいと感じました。子供にはシンプルな松飾りの美しさがわからなかったのでしょう。

それだけ門松に竹は欠かせない存在になっていると言う事なのかも知れません。それにしても門松と言う名前なのですから、松が主役のはずなのです。大人になった今でも、門松の松については不思議に思っているので、

今回は
  • 松だけの門松はあるのか?
  • 門松が松だけでも良い理由は何?
について解説します。



*画像はイメージです。画像と本文と直接の関係はありません。




門松は宮廷行事から始まった?

門松のルーツは平安時代の宮廷行事「小松引き」にあるそうです。平安貴族が正月はじめの子の日(ねのひ)に野山に出かけて、若松を根の付いたまま引き抜いてくるのが小松引きです。源氏物語にも小松引きは登場します。


子の日に抜いた松は長寿祈願のために喜ばれた事から、松を飾る習慣が広まったと言う事です。関西では今でも「根引きの松」を門松代わりに門に飾ります。これは根の付いた若松を半紙で包み、水引で結んだものです。


門松の始まりはやはり松だったのです。松は古くから神様が降りてくる木とされていましたし、常に緑を失わない事が不老長寿を連想させたために、人々に縁起が良い木として愛されてきました。


それに松の読みが「神様を待つ」「神様を祀る」に通じる事も、松が人々に愛される要因になったのです。ではなぜ門松に竹が使われるようになったのでしょうか。



最初はアレンジで竹を加えたのかも…

元々竹は日本人に馴染み深い植物です。籠や食器を作る、春は筍を食べるなど生活に欠かせないものでした。その上、成長が早くて生命力があり、まっすぐ上に向かって伸びていく様子が、縁起が良いと好まれたのです。


竹を愛用していた私たちのような一般市民が、松に竹を加えて門松にしてみたら、思いがけず格好良いものができたのかも知れませんね。



ブームの火付け役は、徳川家康?

爆発的に竹を使った門松のブームを引き起こしたのは、徳川家康ではないでしょうか。
1572年、三方ヶ原の戦いで武田軍に敗れた家康は次こそは武田に勝つ、と言う思いを込めて竹をズバッと斜めに切り落として門松に加えて飾ったのです。この竹の切り方は「そぎ」と呼ばれ、今でも門松の代表的なスタイルとして広く飾られ続けています。


それまで、門松に竹を加える時は、寸胴と呼ばれる切り方をしていました。寸胴は竹の節に対して、平行に切りますから、この徳川式門松を見た人たちは、きっと斬新なスタイルに驚いたのではないでしょうか。


そして家康様にあやかりたいと、真似をしたに違いありません。後に家康は天下人になりましたから、ますます門松に竹を使う事と、その竹を斜めに切る「そぎ」は日本中に広がった事でしょう。


そして後世に生きる私たちまでも、門松に竹が無いと何だか忘れ物をしたような気になってしまったのです。



もっと松を見直そう!

しかし門松の主役はやはり松です。


今でも、神社のご神木には松が多いです。能舞台の後ろにも松の木が描かれています。能舞台にも神様が降りてくるそうですが、その依代(よりしろ:神様がこの世に降りてくる時に取り憑くためのもの)となるように、松が描かれているのです。他の木に松の代わりはできません。


「神社ツーリズム」東條英利著にも、はっきりと門松の竹は添え物に過ぎないと書かれています。


だから松だけの門松はおかしいどころか、基本に立ち返った素晴らしい正月飾りなのです。



松だけの門松には、こんなメリットも

竹を入れずに松だけで作ると、門松も手軽に作れます。松に南天の実や半紙で作った紙垂(しで:しめ縄に付けられているギザギザの形をした飾り)を合わせると、色合いも鮮やかです。決して竹の入った門松に引けを取りません。十分にお正月気分が盛り上がります。


近頃門松の添え物扱いされてきた松を、この機会に見直して見てはいかがでしょうか。今年は松だけの本当の門松を飾ってみませんか?

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