スカイラインの大きさを徹底比較!懐かしの歴代モデルを振り返る

スカイラインは日産を代表する車種であり、根強いファンを持つスポーツセダンです。

長くスカイラインのファンをしていると、今のスカイラインはだいぶ大きくなった印象です。

車体の大きさは、使い勝手だけではなく、見た目の印象にも大きく影響します。


今回は、スカイラインの歴代モデルをただ懐かしむのではなく、大きさという視点で比較することで、スカイラインの根強い人気の要因も探ってみましょう。

スカイラインの歴代モデルの大きさを比較したら、日本の戦後史まで見えました!



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スカイラインの大きさ~昭和時代

スカイラインが誕生したのは1957年です。

当時はプリンス自動車工業の車種であり、1966年の合併後は日産が継承します。



*スカイラインは当初から大きさより走り!

スカイラインの売りは、発売当初から走りです。

プリンス時代には初代L型/20系モデルと2代目S5型が発売されましたが、どちらも小型自動車です。

プリンス自動車工業からはグロリアという高級車も出ており(2004年に製造終了)、トヨタ・クラウンに対抗する役割はそちらに与えられたのです。

そんなスカイラインが本格的なスポーツセダンへと変貌するきっかけは、数々のレースで優秀な成績を収めたことです。

*スカイラインの大きさが増した時期

スカイラインは、3代目C10型からスポーティさを前面に出すようになり、途中からは有名なGT-Rというモデルも派生します。

エンジンも強化され、ますます走りに磨きがかかりますが、大きさは抑制されていました。
しかし、4代目C110型から大きさが増します。

4代目は今見てもごつい印象を与え、3代目までがスマートに見えるほどです。

5代目C210型になると、ごつさは若干減るものの、今度は高級感が増します。

今と比較すれば大した規模ではありませんが、この時期の変化を「昭和の大型化」と呼べるかもしれません。



*スカイラインが原点に回帰した時期

スカイラインの変化として今でも思い出すのが、「昭和のスリム化」とでも呼べる6代目R30型の登場です。

4・5代目とは一変して大きさが抑えられ、スマートなボディへ戻りました。

スカイラインと言えば走りという原点に回帰した最初のモデルであり、この路線は10代目R34型まで続くことになります。

ただし、昭和最後のモデルとなる7代目R31型はややスポーティさを欠き、ファンの間での評判はかんばしくなかった点を付け加えておきましょう。



スカイラインの大きさ~平成・令和時代

スカイラインは、誕生からの30年あまり、一時迷いは見られたものの、走りが自慢のスポーツセダンという原点へ回帰して平成時代を迎えます。

歴代モデルと比較しても、平成に入ってからの10年あまりこそ、スカイラインがもっとも輝いた時代と言えるでしょう。

*スカイラインがもっとも輝いた1990年代

バブル期の1989年に誕生した8代目R32型は、今でもスカイラインの最高傑作に挙げるファンが多いモデルです。

数字上ではわかりませんが、実物を見れば、歴代のどのモデルと比較してもスマートであることを実感できます。

小柄でありながらも存在感は抜群で、大きさよりも形状こそ重要なのだという事実をわからせてくれます。

1993年に発売された9代目R33型も基本路線は踏襲しましたが、やや丸くなった印象です。

そして、1998年に発売された10代目R34型こそ、成功したスカイラインの最後のモデルと言えるものです。

抑制された大きさに8代目のスポーティさを復活させ、操作性が抜群の10代目は、今でも超高値で取引される人気モデルです。

*スカイラインの低迷が始まった2000年代

スカイラインは、長く国民的車種として君臨しましたが、2000年代から状況は一変します。

2001年に11代目V35型が発売されますが、各方面に与えた衝撃は大きいものでした。

何と言っても、そのずんぐりむっくりした形状です。

大きさも急激に増し、高級感の過度な演出は明らかでした。

この時期の変化を「平成の大型化」と呼べるでしょう。

この流れは、2006年に発売された12代目V36型でも大きく改められることはなく、スカイラインの低迷を決定づけます。

同時期の動きとしては、日産のスーパーカーとしてGT-Rが2007年に発売されており、スカイラインにスポーツカーとしての役割を期待する時代は終わったかに見えました。



*スカイラインの復活を模索する現在

日産の伝統的車種が2000年代前半に相次いで製造を終了した流れもあり、スカイラインもいよいよ終わりかと思われた2013年に、13代目V37型が発売されました。

歴代モデルを比較してきたファンであれば一目瞭然でしたが、やや10代目に回帰したかに思わせる形状でした。

大きさとしては若干大型化したにもかかわらず、スマートに見えたところに、日産の努力の跡が見受けられました。

令和時代に入った2019年にはビッグマイナーチェンジが断行され、先進運転支援技術の搭載や、大々的なキャンペーンの展開等をご記憶の方も多いでしょう。

スカイラインは、まさに「令和の模索」と呼ぶべき現状にあります。


スカイラインの大きさを比較すると時代の変化までわかる!

スカイラインは大型化と小型化を繰り返しており、スマートな形状でこそスカイラインは受け入れられると言えそうです。

それにもかかわらず、大型化して不評を買う時代もあったのはなぜなのかという疑問が残りますので、今回は最後にその理由を考えておきましょう。


*スカイラインらしさを追求する手間を惜しんだ?

スカイラインの歴代モデルを比較し、大型化した2度の時期に共通するのは、スカイラインらしさに対する情熱が薄れた時期ということです。

たとえば「昭和の大型化」の際、4・5代目のスカイラインは、同じ日産のローレル(2004年に販売終了)とプラットフォーム(基本構造)を共有していました。

ご記憶の方も多いと思いますが、ローレルはセドリックやグロリアと並ぶ日産の高級車であり、スカイラインとはコンセプトを異にしていました。

確かにバブル期の手前には、プチ富裕層の日本人に好まれるという意味での「ハイソカー」が流行し、スカイラインもその流れに乗ろうとしたわけですが、それが裏目に出たということです。

*スカイラインと日産の経営体制

もう1つの「平成の大型化」の時期は、日産が仏ルノーと提携し、経営陣が一新された時期に当たりますが、その動きとスカイラインの低迷を結びつけることも可能です。

要するに、スカイラインが日本人にとって特別な車種であるという事実への無理解です。

その証拠と言うべきか、日本では酷評された11代目は、インフィニティとして発売された海外では好評だったということで、国内と海外で自動車への好みが異なることをはっきり示しました。

そして、スカイラインの復活を期したビッグマイナーチェンジが断行された2019年も、日産がルノーとの関係を見直そうとしていた時期に当たります。

もはや海外勢と提携しなければ日本の自動車メーカーも地位が危うい時代ですが、プラットフォームの共有を進めれば、各国の自動車事情に合わせることが難しくなります。

スカイラインの「平成の大型化」と「令和の模索」は、まさにそうした背景を浮き彫りにしています。



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スカイラインの大きさの比較【まとめ】

今回は、スカイラインの大きさを歴代モデルで比較することで、改めてその流れや背景を探ってきました。

スカイラインは国産車を代表する車種ですから、その変遷を見ると日本の戦後史までわかってしまうということです。

スカイラインのファンが求めているのは、あくまでスカイラインらしい存在感であり、大きさによる存在感ではありません。

この記事で言う「令和の模索」はまだ続いており、「打ち切りか?」という心配な話も聞こえてきますが、伝統的ファンとしては、ぜひとも復活を遂げてほしいと願っています。