板東湧梧の甲子園の成績は?高校から社会人、プロ入り後の成績について解説!

福岡ソフトバンクホークスに所属し、先発として5勝するなど次期エース候補として名が高い板東湧梧。

徳島県出身であり高校時代には甲子園出場、卒業後はJR東日本に入社。


2018年のドラフト会議で福岡ソフトバンクホークスから4位指名を受け入団しました。

今シーズンは先発ローテーションを務めた板東湧梧の甲子園出場した際の成績から社会人時代、プロ入り後の成績について徹底解説していきます。



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板東湧梧のプロフィール

板東は1995年12月27日生まれ、徳島県鳴門市出身の27歳です。

県内の強豪校である徳島県立鳴門高等学校に進学し、2年春から4期連続で甲子園に出場。

高校卒業後はJR東日本に入社し、都市対抗野球などで制球力のよさと緩急のコンビネーションを駆使した安定感のあるピッチングを見せ、2018年ドラフト会議で4位指名を受けソフトバンクホークスに入団。

背番号は、同じJR東日本出身の攝津正が着用していた「50」を引き継ぎました。

ルーキーイヤーとなった2019年は、春季キャンプでA組スタートとなるも結果を残せず、一軍登板が無いままシーズン終了を迎えました。

2020年シーズンは新型コロナウイルスの影響で開幕が遅れるものの7月にオリックス・バファローズ戦でプロ初登板を果たすと8月の東北楽天ゴールデンイーグルス戦でプロ初勝利を挙げ、一軍で15試合登板しました。

2021年シーズンは主に8回のセットアッパーとして登板し、44試合の登板で防御率2.52、チーム2位の16ホールドを記録しました。

2022年シーズンは、体調不良も重なり2軍で調整する機会が多くありましたが、後半戦は先発ピッチャーとして活躍し9月24日のロッテ戦で120球の熱投でプロ初の完封勝利を挙げました。



板東湧梧の甲子園での成績

板東は、徳島県立鳴門高等学校に進学後、2年春からベンチ入りし2年夏から3年夏まで4期連続で甲子園に出場しています。

エースとして迎えた3年春は3回戦、夏は63年ぶりのベスト8に貢献しました。

華々しい成績と裏腹に3年生エースとして臨んだ2013年夏の甲子園、準々決勝の花巻東戦では思わぬ形で脚光を浴びました。

相手の2番打者は「カット打法」で一躍話題になった千葉翔太選手。

当時から制球に自信を持っていたため、ひたすらファウルばかり打たれ、絶対に四球だけは出したくないとムキになった結果、5打席で計41球を投げさせられ、1安打4四球。

大会後、周囲の人たちから「カットされた投手だよね」と言われ続けたそうです。

試合は終盤までもつれ、1点リードで迎えた8回のピンチ。

一塁ベースに当たった打球が跳ねて同点とされ、連続適時打で逆転を許し準々決勝で惜しくも敗退となりました。



JR東日本時代の成績

板東は、JR東日本入社後1年目から公式戦に出場しました。

2年目の日本選手権2回戦にリリーフとして登板し、1回無安打投球で二大大会デビュー戦を飾りました。

3年目のスポニチ大会・大阪ガス戦では3安打6三振1失点初完投勝利を記録し、同5月の都対予選で現オリックス・バファローズの山岡泰輔との同期対決を演じ、6.1回0封、4対0完封リレーで勝利を収めました。

その年の2016年にプロ志望届を提出しましたが、日本選手権大会前に右ひじを痛めたこともあり、指名を受けることはありませんでした。

以降も右ひじの状態が万全にはならず、苦しい日々が続きましたが、翌年の2017年秋に患部の状態が良くなり、2018年の都市対抗野球は全4試合に登板。

14イニングを投げ、15奪三振で防御率は0.64と好成績を収め、チームはベスト4まで勝ち進みました。

同年ソフトバンクホークスにドラフト4位指名を受け入団しました。



今シーズンの成績

2023年シーズンは開幕ローテーション6番手を直前まで高橋礼と争っていましたが、高橋がローテ入りを勝ち取り、板東は4月4日に中継ぎとして出場選手登録されました。

交流戦に入ると、ロングリリーフで好投を見せ、6月15日の東京ヤクルトスワローズ戦でシーズン初先発。

登板機会の都合による登録抹消が2度ありながらも、シーズン終了まで先発ローテーションを回り、この年は30試合(11先発)の登板で5勝4敗1ホールド・防御率3.04を記録しました。



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板東湧梧の甲子園時代【まとめ】


今回は、板東湧梧の甲子園出場した際の成績から社会人時代、プロ入り後の成績について解説していきました。

いかがだったでしょうか?

ホークス入団時には整った容姿についても大いに注目されましたが、来季は開幕ローテ入りを勝ち取り、次期エース候補として飛躍する1年にしてほしいですね。